えいたろうのウェブログ

えいたろうが体験したことを記録する、良いと思ったものを紹介するブログです。

自分の体と対話する時間を設ける

20140104112352

昨年、僕は病気になってしまいました。自分の体との対話がしっかりできていなかったのです。昨年の10月からランニングを始めました。ランニングをすることで、自分の体と対話をすることができるようになります。

 

人は自分が思うほど、自分自身のことを理解していない

金哲彦のはじめてのランニング 運動ゼロからレース出場まで (朝日新書)

金哲彦のはじめてのランニング 運動ゼロからレース出場まで (朝日新書)

 

本の中で、金さんが「自分の体との対話」の重要性を語っていました。

人は、自分が思うほどには、自分自身のことを理解していません。「今日は少しがんばって、いつもより長く走ろう」と決めて走り出したとします。チャレンジですから、できることもあればできないこともあります。「もう苦しい」となったときに、がんばれるときとあきらめてしまうときの差は何でしょうか。がんばれる自分も、あきらめる自分も、同じ自分です。

何かをやろうとしたときに、実際にやってみないとわからないということが多くあります。がんばれるときとあきらめてしまうときの差はいろいろで、体調だったり、そのときの気分とかではないでしょうか。

 

多くの人が、「自分はこういうタイプの人間だ」と思い込んでいます。でも、本当にその認識は正しいのでしょうか。その時々で、違う自分が顔を出してきます。ランニングで少し自分を追い込むだけで、いろいろな自分に気づくことができます。それは、「新しい自分」との出会いです。がんばれる度合いだったり、決めたことを守れるかどうかなどの意志力もそうです。体の正しい状態を知るという意味でも、ランニング中に絶えず自分との対話を繰り返すのはすばらしいことです。

その日の体調・そのときの状況によって、どうするかの判断は異なってきます。その判断を迫られる場面を繰り返し体験することによって、少しずつ正しい選択ができるようになっていくのでしょう。

 

体の内部の変化がわかるようになる

さらにこの習慣が深まっていくと、筋肉だけではなく、体の内部までわかるようになっていきます。たとえば、「さっき食べたあれはいま内臓のこの辺にあるな。まだ消化されてないから、いまは走るのをやめてこう」とか、「いま頭がスッキリしているのは、2時間前に食べたあれのおかげだな」というふうに内部の変化を捉えることができるようになっていくのです。

これはビックリしました。こんなことまでわかるようになるのかと。ランナー・アスリートでかなりトレーニングをしている人のレベルではないでしょうか。

僕の場合、「今日は食べ過ぎだから体が重い」「揚げ物は消化が悪いな」程度のことしかわかりません。これは、走らなくてもわかるんですけど(苦笑)。

でも、走ると強く実感することができます。この感覚がどんどん研ぎ澄まされていって、金さんが言っているようなことがわかるようになるのでしょう。

 

自分の体のことは自分にしかわからない

自分の体の痛みを誰かと共有することは不可能です。どのくらい痛いのか、どんなふうに痛いのかは、いくら言葉を費やしても伝えきれないものです。どのくらいおなかがすいているのか、どのくらい体が疲れているのか、体のどこをどう使うと動きやすいのか、今はどんなふうに調子が悪いのか、それらは全部、自分だけにしかわからない感覚です。自分の体を本当にわかってあげられるのは、自分自身しかいないのです。

これは、体調が悪くなったときに思うことです。昨年、パニック障害になったときには、強く感じました。お医者さんも人の体のことはわからないということに気付きました。自分の体のことは、自分にしかわかりません

最終的に自分の体を守るのは、お医者さんではなく自分です。自分で判断して、コントロールしていくしかありません。自分とのコミュニケーション力を鍛える方法の一つがランニングです。

少し体に負荷をかけることで、自分の体のことを敏感に察知することができます。ランニングじゃなくても、ウォーキング・水泳など何でも良いので、自分の体とコミュニケーションを取る時間を設けると良いと思います。

 

★★★

自分の体と対話をするということは、病気になった経験もあるだけに、非常に重要なことだと感じています。この本を読んで、改めて、ランニングを続けたいと思いました。